市営バスアルバム


少し昔の車両たち・2
港北営業所・その1

(写真提供:とくさん様)
(写真の拡大は出来ません)


ここでは、港北営業所にいた1976年度車の写真を紹介します。


少し昔の車両たち・2:港北営業所・その1:1976年度車
1987年4月:綱島駅前にて撮影

 CNG充填設備の設置、CNGノンステップバスの転属などで話題の港北営業所の車両をここでは紹介していきます。その1は1976年度車を2枚紹介します。

 1枚目は今では見られなくなってしまった59系統の新横浜駅行きの方向幕の写真です。59系統は現在では浅間町営業所の担当路線ですが、1981年5月〜1991年1月までは港北営業所が59系統と(旧)80系統(横浜駅西口〜東神奈川駅西口〜港北小学校前〜菊名駅前〜新横浜駅)を担当していました。そして、港北車庫への出入路線として綱島駅〜大曽根町〜港北区総合庁舎前〜港北車庫前、新横浜駅という子系統がありました。

 59系統は以前(15年以上前ですが)は東急バスとの相互乗入路線でした。東急バス(日吉営業所)、市営バス共いすゞ車による路線でした。東急バスが撤退して約15年。今では59系統のルートを東急バスが走っていたことを覚えている人も少なくなってきたものと思われます。


少し昔の車両たち・2:港北営業所・その1:1976年度車
1987年4月:新横浜駅前にて撮影

 同じく1976年度車です。104系統に入っているときのものです。作者はいすゞ車の走行エリアに住んでいないため、たまにいすゞ車を見るとうれしかった思い出があります。

 104系統は元々は鶴見駅の東口(現在の4番乗場)から新横浜駅まで行く路線でした。1986年4月の(旧)126系統(鶴見駅西口〜三ッ池道〜末吉橋〜一の瀬)運行開始に伴い、この126系統と104系統がダイヤがセットとなり鶴見駅の発着口が西口となりました。この頃は鶴見駅西口(入口)から新横浜駅行が20分おき、一の瀬行が20分おきに運転され、途中の末吉橋までは10分ヘッドで運転されていました。

 現在では104系統は14系統とセットになっていますが、このころは14系統とは基本的に運用上のつながりはなく(14系統の出入の一部が新横浜駅、港北車庫前〜梶山間で104系統を名乗っていた)、往路復路とも末吉橋国道際〜三ツ池公園北門間は末吉橋、行定庵前を経由して走っていました。

 新横浜駅の7番乗場から104系統のバスが出るのはこの頃も今も変わりはありません。15年の時間は車両の形と背景を大きく変えてしまいました。写真の頃は当時一の瀬行の13系統は確か後ろの8番乗場から出ていました。8番乗場から13系統と上で紹介している綱島駅行の59系統、日吉駅行きの東急バスが出ていて、その後現在走っている新羽駅経由綱島駅行きの東急バスが乗り入れるようになりました。